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Everything beginning is to myself

自分の考えなどをブログにします。

嫌ならやめてもいいじゃん!!

やりきる力

俺は大學を中退した。

世の中的には「勿体無い」「最後までやるきる力がない」などの意見がある。

これは、新入社員が一年でやめるなどの話にもつながる。「最低でも三年は勤めろ」「すぐにやめる奴は根性がない」とか「せっかく入ったんだから」とかなどの意見をよく聞く。

しかし、本当だろうか?何がもったいのだろうか?途中でやめる奴はやるきる力がないのだろうか?なぜ、やめた奴は根性がないと言われなければいけないのか?

このことについて、ものすごく違和感を持っている。

  • 途中でやめることがもったいないについて

俺からしてみれば、好きでもないことに嫌々時間を費やしている方がもったいないという考えを持っている。全員が同じことをする必要性がない。一人ひとり、好きなことをすればいいのではないか?と思う。好きなことに時間を潰せてない方がもったいないと感じる。

  • 途中でやめる人は根性がないについて

むしろ、「何も考えずにただそこにい続ける人間の方が根性がないな〜」と感じる 自分で考えるのを放棄しているのだから。考えずただ、周りの目を気にして「嫌われないように」などと考えながら生活している人間の方が根性がないと考える。

  • やるきる力について

日本人は過程に目が行きがちだ。しかし、本質的に必要なのは結果。「最後まで自分でやる」などの考えはチームや組織には必要ない。結果として成功したか、うまくいったかだけが重要である。

チームや組織だけの話でもない。個人でも同じ話。一人でやったところでできないものはできないで、早くできる人に頼み、成功させること。。。

なので、結果的に成功していればそいつにはやるきる力があったわけだし、長く続けたけど、結果的には成功したとは言えないのならばそいつにはやりきる力はないことになる。

何を持って成功かについては、おそらく多くの議論がある。例えば、「お金」「名誉」「自分のビジョンの達成」などがある。

総じて結果成功したかでいい。一人ひとり成功の価値は違くてもいいが、結果成功したかだ。

やるきる力には多くのスキル、能力が必要になる。俯瞰する力。人に頼るスキル。やめるスキル。などが関わってくる。やめる力というのは時にはリーダーを降りたり、社長を辞めたりすることだ。これは、チームとして成功する際には必要ふかけだと考える。

やりきる力=成功させる、結果を出せる力ということだ!!!

決して「最後まで自分でやること」がやる力というわけではない。と考える。

なぜ途中でやめないのか?

親にはよく「最後までやりきりなさい」などをよく言われた。また、先生なども同じようなこと言ってくる人は多い。 しかし、そもそもなぜ途中でやめてはいけないのか?

「やめ癖がつく」「ここまで来たんだから」「もう少しやれば楽しくなる」など、理由があってこのようなことを言ってくるのだろう。

なぜ、途中でやめることで、やめ癖がつくのか? なぜもったいないのか? なぜもう少しやれば楽しくなるのか?ものすごく疑問に思う。

確かに、もう少しやれば楽しくなるには一理共感もできる。しかしこれは最初のうちだけであって、本当にやっていて楽しくないものは途中でやめていい。 始めて間もない時(何もできない時)に「楽しくないから」は確かにもう少しやってみれば?とも考える。

例えばゲーム。。。 よくゲームをする人はわかると思う。一番最初に新しいゲームをやる時は誰でもつまらない。 最初から楽しいゲーム珍しい。なぜなら、最初は誰もできないからだ。できないうちは何も楽しくない。けど、続けていくうちに楽しくなっていく。

少なからず他にも同じことがいえるのではないか?プログラミングや、勉強、スポーツなど。。。

しかし、ゲームだってやって、できるようになったってつまらないものはつまらない。 だから途中であろうとやめる。

なのに、会社や部活などはそれを許さない。また、自分自身もやめない。

ここで言いたいことは、楽しくないものは楽しくない!ということ。もっと好きないことに目を向け、心に素直になって好きなことをするべきだと思う。そっちの方が圧倒的に時間を有効的に使えている。

また、周りの目を気にしている人もいると思うが、周りの人なんていうのはその時は何か言ってくるかもしれないが、少し時間が経つと存在すら忘れることだって少なくない。結局自分のことで忙しい!!!

そんなことに気を取られて好きなことができない方がもったいない。

楽しくなかったらすぐにやめるべきということを言いたい!!!

自分も周りも不幸になるだけだ。。。

最後に

俺は大学を途中でやめ、ものすごくすっきりしている。嫌なことに悩む必要が無くなったからだ。

そして変な義務感に追われる必要が無くなったからだ。また、やりたいことができているからだ。

おそらく、多くの人は大学を卒業する義務みたいなのを勝手に刷り込まれているかもしれない。

そもそも、大学というのは入学するためのものでも卒業するためのものでもない。好きなことを勉強する場所に過ぎない。勉強するための場所なのに、「テストがどうとか」「授業がどうとか」言っている時点で行く必要性がないのではないか??

だったら自分で好きなことを勉強した方がいい。

今の大学のあり方として、なぜか入学して卒業し就職させることが目的になっている気がする。楽単(楽に単位がとれること)という言葉がある時点で大学の本来ある意味が変わっていると思う。

今までの当たり前を疑ってみてはどうか?

俺は大学を辞め、少しずつではあるが好きなことを中心に、やりたいことをやる人生になってきたのかな?と自分自信感じる。すくなからず、大学を辞め、やってみたかったプログラマーになることができた。

これは小さな成功体験でもある。

次は面白いサービスを世の中に広めていく。

過去を振り返らず今この時を楽しむこと!!!

過程ではなく、結果にコミットすることこそがやりきる力

最後まで読んでいただきありがとうございます。 おそらくこの話は賛否両論かと思います。

多くの意見聞けたらと思います。そこで何かしら議論ができたら面白いです。 (おそら、自分の考えは変わらないが。。。)